7/25 深大寺吟行

 

 

 

 

 

 

 

 

調布の深大寺での吟行です。

境内には芭蕉や中村草田男の句碑や虚子の像があり、非常に俳句に縁の深い地でもあります。

名物のそばの店が軒をつらね、かき氷や甘酒、土産物が豊富な観光地ですが、一歩深い所に踏み込むと、しんとした聖域でもある不思議な場所でした。平日に行ったのが良かったのかもしれません。

また、この日は国宝の仏像が公開されていたり、盆踊りの日でもあったりと、いろいろ見るものはあったのですが、まず最初にまず腹ごしらえを、という流れになり、名物の深大寺そばを「多聞」さんでいただきました。

 

・左:そばがき 右:深大寺そば大盛

 

するとご覧の盛りの良さだったので、食べ終わったころにはもう思考が停止していました。

まだはじまったばかりなのに、奥にはなぜかビールも写っています。どういうことでしょうか? 怪現象ですね。

 

それでは皆さんの句を発表していきます。今回からは一人三句までという上限を設けました。

 

◆慧

空高く木の葉にせまる黒い蝶

黒いカラス供養塔にたゞ一羽

緑濃き緑の中に吹く風よ

 

評:

今、見返してみると、どの句も色彩がテーマになっています。特に三句目は緑濃き緑という強調表現を重ねたものです。語尾を「よ」で言い切ったことで前半の強さに負けないスケールの大きさがあります。とても慧さんらしい句だと思います。

欲を言うならそうした色彩に対するセンスを他の感覚にも広げていくと句に幅が出ると思います。匂い、味、手触り、音なども句にしてみるとまた違う面白味が出てきます。

二句目は実物を見ずに言葉だけで想起するとかなりモノトーンの景色の感じ、寂寥感があるので冬の句になるかもしれません。

 

◆葩

百均の筆ペン持って虚子と逢う

クレソン発そばがき経由うなぎの日

 

評:

作風の変動が激しい葩さんですが、今回は初期の作風に若干戻った感じです。

一句目、「逢う」は逢瀬、逢引きの「逢う」で、ちょっとセクシャルなニュアンスが入るのと、前半分に対するバランスが重いので普通に「会う」でいいかとも思います。

二句目は怪句ですが、本人解説によると「深大寺には清流にクレソンが自生し、お昼にはそばがきを食べた。今日は土用であるなあ」という句らしいです。しかし、この句単体では意味が通じないので、前書き、添え書きをつけたほうが良いでしょう。独自性と普遍性を両立できるといいですね。

 

◆九

ハスの花桃色淡しちごの顔

雷鳴を遠くに聞きて深大寺

せみの音(ね)にたたずむ大樹そこにあり

 

評:

一句目はハス→桃色→子供の頬の色、という連想が綺麗につながっています。九さんの感性の柔らかさ、人柄も出ていて素敵な句だと思います。二句目、今日出た句の中で唯一、深大寺をそのまま詠んだ句です。意外とはまっていると思います。

これは好みの問題ですが雷鳴を遠くに聞くのは、「遠雷」の一語にもまとめられますので、今日の情景を写すなら「遠雷が囃子とまざり深大寺」という形も考えられます。

 

◆夢坊人

玉子焼き箸からするりとう巻かな

夕暮れに鳴くヒグラシ皆帰る

虚子の前手を合わせても句できず

 

評:

一句目、「多聞」でお弁当の玉子焼きが落ちた事件を扱っていますが、うなぎ=すべるの連想と土用丑の日だったことを上手く掛けて普遍性を持たせています。ユーモアも川柳のそれではなく俳句の諧謔になっているのではないでしょうか。

二句目、三句目は票が入りませんでしたがちょっと野心作で、声に出して詠むとワルツのズンチャッチャ、というリズムのようなものがあるのが分かります。単なる字余り、字足らずではなく意図的な破調です。面白いですね。

 

◆ピエール

夏バテかキラーソバガキ進撃す

眩惑す夏の日射しに回る世界

生き急ぐ蝉が生み出す無音の間

 

評:

一句目、冒頭の写真のそばがきの量に衝撃を受けた句ですが「キラー」は映画「アタックオブザキラートマト」から来ているそうです。私も観ましたがトマトが人を襲うという酷いB級映画でした。二句目には暑さのあまりカミュの異邦人のように衝動殺人してしまいそうになったという告白がありました。吉祥寺吟行の「迷い道春雨逃げてチョコバナナ」と合わせてホラー三部作ですね。

 

三句目は、見えざるものを観る、聞こえぬものを聴くという、日常の思い込みからフレームアウトした非常に俳句らしい観点です。それだけに、そうしたメタ視点で見た場合、蝉は生き急いでいるのかどうか? はちょっと慎重になってもいいかもしれません。

 

◆三平

すずしきは いちじんのかぜ いなびかり

ちいさきは きつねのボタン きいろばな

たけやぶを つついてさわぐ すずめらは

 

評:

一句目、雷は九さんも詠んでいますが、同じ場所で同じ現象にあっても捉え方が違うのが出ていて面白いですね。うっとうしい暑気と、それを破る雨の気配、皮膚感覚を伝える句です。

三句目は、偶然でしょうが狙ってなかなか出来ないことをしています。

俳句には「切れ」「切れ字」というのがあり、スパっと言い切るのを良しとする習いがあります。というか、なんとなく自然と切れは発生してしまうものです。なので特に指導しなくても、過去に出てきた句は全部どこかしら切れているのですが、この句は連続的な情景の断片で「すずめらは」と言いかけて終わっている。それがふわっとした不思議な感じを作っています。切れなしで、かつ俳句として成立させるのは狙ってやろうとすると難しいのでレアな句です。

 

投票では同率一位で、

 

玉子焼箸からするりとう巻かな

ハスの花桃色淡しちごの顔

すずしきはいちじんのかぜいなびかり

 

となりましたが、今回はかなり色々な句に票が割れました。詠むほうだけでなく鑑賞するレベルも上がり、より多角的な評価が出てきたのだと思います。

 

私は今回できませんでしたが、帰った後でいろいろ撮っていた写真を見返して、

 

 

 

・盆踊りのポスターセンスが光る寺

 

というのが一句できました。たぬき子供さらってないですかこれ?

 

 

次回は九月初頭で、浅草での句会を予定しています。

どなたでもご参加ください。

 

 

 

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