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11/14 慧さん投稿句

遅くなりました。

等々力吟行の際にお預かりしていた宿題句です。

 

◆慧

 

猫二匹朝日をあびて山をミル

空の様 浮かんでは消えて秋澄むし

満月が顔出す空に巻層雲

青空に棚引く煙もアートなり

鎌首をもち上げ開花月下の宵

バロックのひゞきに酔う今宵かな

暗い空に高く存する三日月が

行く程に桂の香り山の里

見知らぬ町ほっこりと飲むよほうじ茶を

仕事終え何げに見上げし初冬の月

 

評:

先の吟行の評でも、五感を生かした句になっていると評しましたが、これも色、音、香など、感覚的に繊細な句です。

指導としては、語調を整えるだけですっきりとする句が幾つかあると思います。

 

たとえば

 

空の様 浮かんでは消えて秋澄むし → 空の様 浮かんでは消え秋澄みし

バロックのひゞきに酔う今宵かな → バロックのひゞきに酔いし今宵かな

見知らぬ町ほっこりと飲むよほうじ茶を → 見知らぬ町ほっこりと飲むほうじ茶よ

 

とすると、ほとんど一文字の違いですが、声に出してみると通りやすいのではないでしょうか。

 

佳かったところは、まず三句目の「巻層雲」が「お、やるな」という感じがします。宮沢賢治の『春と修羅』などもそうですが、少し理科的な用語が詩の中に入ると甘さを引き締めて硬質な透明感が出ます。

 

また三日月を「高く存する」と表現するのも、月に「孤高」「遠さ」「永遠性」といった俳味を加えていて独自のセンスを感じます。それだけに最後「三日月が」の「が」は、何かまだ続きそうなニュアンスになってしまうので、もっとすっぱり切ってしまうほうが綺麗かもしれません。

 

最後に「青空に棚引く煙もアートなり」も、知覚や認識が俳人的になってきたことがよく表れていると思います。

そもそも、良い枝の松を見て「盆栽みたい!」とか雄大な風景をみて「山水画みたい!」というのは逆で、人間が作った芸術は、おおむね自然の美を再現しています。あるいは、いかに自然の美の対偶になるような美を作るかというカウンターカルチャーで、どちらにしろ、まず基点として自然がある訳です。しかし、自然のあらゆる瞬間に美はありますが、それが美として認知されるのは人間がそれを発見して表現したときだけです。

 

これは「美はあらゆるものの中に常にある」と同時に「それを発見した人の中にしかない」とも言えます。つまり良い句を作るのに必要なのは、いかに万物に対して直であり心を開いているか、です。その辺が武術にも似ているのですが、まず知覚と認識が変化していくことが一番大事だと思います。

 

投稿ありがとうございました。また御作を拝見させてください。

 

 

 

 

 

 

 

 

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